9/18 (Sun)  18:00-
会場: UPLINK FACTORY

オールピスト・パリ2016 セレクション B

『考古学と帝国の記憶』 エドゥアール・ボー (2016) 31分

『我々の犯罪はフィルムである』 エレオノール・ウェベ、パトリシア・アリオ  (2016) 42分

1982年フランス生まれのエドゥアール・ボーは、イラク戦争に従事してPTSDに苦しむ兵士の言葉、2011年ウォール街の占拠、ISに破壊された古代アッシリアの遺跡や碑文から、現代の物質社会における赦しの可能性を問う。エレオノール・ウェベとパトリシア・アリオは、中東の戦争における映像装置を用いた遠隔的爆撃の記録を用いて、私たちの視線が武器と化す状況を批判する。

チケットはUPLINK FACTORY ウェブサイトより

前売り: 1,200円   当日: 1,500円

 

Archeologies et Memoires d'Empires  2

Archéologies et Mémoires d’Empires, Edouard Beau.

『考古学と帝国の記憶』-Archéologie et Mémoires d’Empires ( 2016年、31 )

二つの短編からなる本作の主題は「記憶」だ。本作を構成する「許し」( May We Forgive ) と「モスル讃」( Ode à Mossoul ) はそれぞれ呼応するように、人類誕生の昔から今日にいたるまでの、人間の条件を問うている。PTSDのテーマが扱われる「許すこと」は、2011年の ウォール街オキュパイ運動の折に、ニューヨークの世界貿易ビルセンター跡の付近で撮影された。「モスル讃」では、アッシリアの賛歌の解説を交えつつ、メソ ポタミア文明最盛期の遺跡や書物をめぐる。考古学的に重要な三つの遺跡―ニネヴェ、ニムルド、コルサバードは、2014年から2015年にかけてイスラー ム過激派組織 ( ISIL ) によって破壊されてしまったが、この太古の歴史の彼方からある古文書が蘇る。そして、現代はユニークな仕方で問い直され、忘れ去られていた予言は再び現実 のものとなるだろう…。声の出演は、コメディアンのガランス・クラヴェル。

エドゥアール・ボー ( Edouard Beau ; 1982- )

フランスの映像作家。写真、映像、音響といった各種の記録資料を用いて、移民の流入やその背景、ひいては人間の人間たる条件を問う作風で知られる。中近東での制作活動は、地政学的な分析と人々のかかわり合いを交差させるかたちで、他者との、メディアとの、そして世界との関係のありかたを問う機会となった。

 

 

Nos crimes sont des films 2

Nos crimes sont des films, Eleonore Weber and Patricia Allio.

『我々の罪はフィルムである』-Nos crimes sont des films (2016年、42)

アリオの脚本に基づきウェベが編集。脚本は中東での軍事作戦の映像に基づいている。二人の声に乗せて、「外科手術的」と言われる現代の戦争の実態が子細に探られる。観客が目の当たりにするのは、映されている人間や風景、さらには一つの地勢全体をフレームに収めてなされる殺戮の現場である。撮影者は単にフレームに映像を収めるのではなく、標的を定め人を射ち殺す。眼は凶器となり、凶器は眼となる。そのとき、自らのなす残虐な行為の責任をどうとるのか。映像を見るわたしたち「観客」にもまた問われるだろう。なお今回上演されるのは、まだ脚本の製作途上だったこの作品の最初のヴァージョンである。

エレオノール・ウェベ&パトリシア・アリオ ( Éléonore Weber & Patricia Allio )

現実の諸相をサンプリングしつつ、観客の立ち位置や上演という行為の本性を問うしかけを舞台の端々に仕組む作風で知られる。二人はこれまでもコラボレーションとしてさまざまな舞台作品(「第一世界 ( Premier Monde ) 」、「ホルシュタイン ( Prim ‘Holstein ) 」)や映像作品(「ナイト・リプレイ ( Night Replay ) 」)を製作している。最新のインスタレーション作品「自然美博物館 ( Natural Beauty Museum ) 」は2014年の「フェスティヴァル・ドートンヌ・ア・パリ」の折に、ポンピドゥー・センターで演出された。